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国際伝統音楽学会(ICTM)東アジア音楽第8回研究会(MEA)報告

宮川 渉

 筆者は2024年8月に大阪の国立民族学博物館で開催された国際伝統音楽学会(ICTM)東アジア音楽研究会(MEA)に今回初めて参加したが、その目的は主に二つあった。第一に、自身が行っていた研究の成果を国際学会の場で発表すること。第二に、アジアの伝統音楽と現代音楽の関係などに関わる研究について知ることである。筆者自身は主に現代音楽作曲家の作品研究に取り組み、その中で武満徹や細川俊夫などの個人の作曲家研究を行ってきたが、最近は現代の日本、アジアというより広い視野から考察する研究にも関心を持っており、このようなテーマはICTMでも取り上げられているのではないかと期待していた。ただその一方で、筆者は伝統音楽を専門としていないため、自身の研究と関わる内容の発表は実際どの程度あるのだろうか、とも考えていた。ここでは筆者が参加した発表などを主に取り上げて本学会の報告を行いたい。

 初日のYu-Yuang Huang氏による基調講演には、残念ながら終盤部分のみにしか参加できなかったが、講演が英語ではなく中国語であることに少し驚いた(配布された資料は英語であった)。最初の研究発表は主に中国圏を対象とした内容で、パネル企画と二つの個人の研究発表の場が設けられていた。筆者は個人発表であるセッション1に参加したが、ここでは発表者3名のうち2名が作曲家であり、両者とも伝統文化の要素の自作への取り入れ方について考察する内容であった。筆者が特に関心を持ったのはJolin Jiang氏の発表であり、氏は東周時代(紀元前771-256年)に現れた句鑃(くちょう)という青銅鐘のスペクトル解析を行い、その解析結果を自身の器楽作品の素材として用いる手法を紹介した。この手法は黛敏郎やスペクトル楽派の作曲家たちが採用したものを想起させるが、筆者自身は伝統音楽の学会の場でこのような手法が論じられるとは思っていなかったため、大きな驚きであった。しかし、今日スペクトル解析はPC1台で容易に行えるものであり、伝統音楽などの要素を自作に取り入れる上で有効な手段となりうると思われる。実際のところ今日どれほどの作曲家がこのような手法を用いているのかという点にも関心を抱いた。

 初日の第2の研究発表は主に日本が対象となっており、今回はパネル企画に参加した。ここでは和楽器奏者であるアメリカ人3名が「ボキャブラリー」という点から日本の音楽について考察する内容であった。作曲家・尺八奏者であるChristopher Molina氏は武満徹と横山勝也の音楽語法について、三味線奏者のColleen Schmuckal氏は三味線奏法に関する用語について、箏奏者のGarrett Groesbeck氏は主にアニメの音楽を通じてデジタル化・グローバル化した今日の日本音楽について論じるという、横断的で意欲的な内容であった。個人的には、Molina氏は博士課程で武満研究に取り組んでいたことに関連して以前メールで連絡をいただいたことがあったため、彼の研究発表を直接聞くことを楽しみにしていた。発表後に開催された懇親会では、発表で取り上げられていた武満の《ジェモー》の魅力や作曲・演奏活動の話など色々聞くことができ、大変有意義な時間となった。

 二日目の発表の中で特に関心を持ったものは、「Global Turns of Music Study in/as/for Asia」というタイトルのラウンドテーブルで、実際、筆者が見たかぎり本学会の発表の中で参加人数が最も多かったのもそこであった。ここでは6名のパネリストがグローバル化社会におけるアジアと関連する音楽学研究をテーマに、国家、地域、歴史、ディアスポラなどの多様な視点から、また伝統音楽、現代音楽、ポピュラー音楽など、様々な分野から論じていた。このラウンドテーブルの出発点は竹内好および陳光興が講演や著書の中で用いた「方法としてのアジア」の可能性について問うことであったようで、特に陳の『脱帝国 方法としてのアジア』(2011)は複数のパネリストによって頻繁に参照されていた。筆者自身はこの文献を知らなかったが、冒頭に記したように、今後自身の研究をより広い視野から展開していく上で、重要な示唆を与えるものとなると感じた。

 また、質疑応答の中では「このような国際的な場では文化的多様性が重視される一方で、使用言語が英語に偏りすぎているのではないか」という指摘もあった。基調講演が中国語であったこともこの問題意識と関連しているのかもしれない。筆者自身も英語での発表や国際学会への参加に慣れたいという動機で今回の学会に臨んでいたが、英語偏重を無自覚に受け入れていたことに気づかされ、考えさせられる場面であった。

 これらの発表以外にも二日目の午後に曽村みずき氏が行った薩摩琵琶奏者・鶴田錦史の音楽的特徴についての発表や、三日目の午前中に行われた1950年代のパリにおける日本人留学生と台湾人留学生の交流などを扱ったパネルなど、興味深い内容の研究発表が多くあった。

 筆者自身の発表は二日目の終盤に行われたが、少人数の参加者ながら熱心に聞いていただけたようで非常に励みとなった。発表内容は、細川俊夫が「母胎和音」という笙の響きからインスパイアされて構築した素材を音高、リズムの面でいかに用いているのかを検討するものである。この研究に取り組む上で柿沼敏江氏の『〈無調〉の誕生――ドミナントなき時代の音楽のゆくえ』(2020)は大きな契機となった書籍で、上記のラウンドテーブルの発表者であった柿沼氏ご本人に筆者の発表を聞いていただけたことは貴重であった。発表後に一人の参加者から「オクタトニック・スケールというとやや古めかしいイメージがあるけれど、このような新しい使い方があるのか」という趣旨のコメントがあったことが印象に残った(「母胎和音」がこの音階で構成されていることを発表内で指摘したことに関連して)。

 以上が本学会の主な報告である。本学会にはアジアの音楽に関連する様々な研究者が参加しており、伝統音楽を専門としていない研究者にとっても大変有意義な学会であると思われる。筆者にとっても期待していた以上に実り多く刺激的な学会であった。

(みやかわ わたる/東日本支部)