MSJ Web Plus 日本音楽学会オンライン・ジャーナル

  • コラム / エッセイ

ブラジルのカーニバルと音楽

加藤 勲

 ブラジルには「リオのカーニバル」として知られるコンテストが、市の観光局によって毎年のカーニバル時期に開催されている。このイベントで行進を伴うサンバを、音楽、踊り、山車や衣装などの装飾で表現する団体は、エスコーラ・ジ・サンバ(Escola de Samba、以下エスコーラと記載)と呼ばれる。おおよそ500から5,000人の市民が参加する団体であり、構成員の中にはプロの音楽家や衣装製作者もいるが、その多くは他に収入となる仕事をもつアマチュアの音楽家や製作者などである。 

 彼らの音楽はサンバ・エンヘード(Samba Enredo)と、バトゥカーダ(Batucada)と呼ばれる打楽器合奏の総称、これら2点を主な要素としている。サンバ・エンヘードはコンテストで披露するパレードテーマを音楽で表すことを目的として、毎年のカーニバルパレードに合わせて制作される楽曲である。バトゥカーダは①サンバ・エンヘード、②パレードにおけるエスコーラ参加者の歌唱、③彼らの踊りの3点をリズム面から一致させることを目的としたエスコーラの打楽器隊(Bateria)による「理想的な打楽器合奏」である。打楽器隊は約50から400人で構成され、コンテストで配置を義務付けられた5種類の打楽器1を含めた、7から10種類ほどの打楽器が配置されている。この打楽器隊に配置された同種の打楽器は、一部の例外を除いて同じ演奏を行う。つまり、全く同じフレーズを演奏する奏者が、同じ楽団内に4, 50人存在しているのである。

 エスコーラがパレードするのは、サンボードロモ(Sambódromo)と呼ばれる、ブラジルの著名な建築家が設計したスタジアムであり、パレードコースの幅は11mから12mである2。このコースでパレードする400名ほどで構成された打楽器隊は、おおよそ20mほどの長さになる。20mの距離があるとすれば、打楽器隊両端の奏者の間には音の聞こえに遅れが出てくる。音は1秒間に340mしか進まない性質がある。打楽器隊端の奏者の片方を奏者A、もう一方を奏者Bとしたとき、奏者Aの演奏した音は奏者Bに届くまでに1/17秒後に届くことになる。1/17秒という時間は、テンポ140ほどのサンバ・エンヘードにおいて、32分音符と64分音符の中間にあたる音の長さである。これだけの音の遅れが生じる距離で合奏をする場合、通常であれば合奏の成立は難しい。しかしながらエスコーラの打楽器隊に参加する演奏者たちは、見事にリズムを一致させてそれを維持するのである。コンテストにおいて打楽器隊の演奏者同士のリズムの一致が乱れて分離する現象は、サンバの音楽が不成立となることを意味するサンバの分離(Atravesar de Samba)と評価される。つまり、エスコーラの音楽隊には距離による音の伝達を超える演奏者間のリズムの一致が求められ、これを表現できることがサンバにおけるリズム感覚として、エスコーラのコミュニティ内で評価されるのである。

 筆者は2014年からブラジルのサンパウロにある音楽大学学部で打楽器演奏を学び、2015年からエスコーラの打楽器隊の一員となった。ブラジルのカーニバルに関わる文化を表現する団体の一員として、エスコーラの音楽を彼らの文化の文脈の中で表現する機会に恵まれた。2025年に11年目を迎えるエスコーラへの参加経験を、音楽を研究する参与観察と置き換えて彼らの音楽を解明する挑戦をしている。このコラムでは、ブラジルにおけるカーニバルに関する音楽への参与観察や研究の一端を紹介したいと考えている。

  1. エスコーラの打楽器隊に配置が義務付けられている打楽器は、スルド(Surdo)、ヘピニキ(Repinique)、カイシャ(Caixa)、タンボリン(Tamborim)、ショカーリョ(Chocalho)である。これらは市の観光局が発行する資料によって定められている。 ↩︎
  2. リオのスタジアムの横幅は11m、サンパウロのスタジアムは12mで設計されている。 ↩︎

(かとう いさお/東日本支部)