2014年、学部の「音楽学専攻」廃止が決まり、かろうじて大学院修士課程のみが残されました。この間の苦悩やドタバタ劇は割愛するとしても、「音楽学は要らない」という厳しい宣告を受けた私には学内に身の置き所がなく、辞職の二文字がずっと頭にあったことを正直に告白します(辛かった〜!)。
私立の音楽大学はなんといっても経営至上主義ですから、受験生が集まらない音楽学が淘汰され、カタカナ名の専攻が「音楽で働こう」というキャッチフレーズとともに多くの受験生を集めたことは必然の流れでした。そして10年後の今、それらのカタカナ専攻はさらに名称や中身を変え、目まぐるしく新専攻の栄枯盛衰が起きています。今年、作曲専攻もとうとう廃止になった理由は音楽学と同じです。
しかし、音楽学を学ばずして音楽大学と言えるのか?との強い思いをもつ同僚たちとともにこの10年間、学部がなくとも授業科目がある、大学院があると、できることには全て取り組んできた結果、徐々に大学院受験生が増え、今年は3名が入学、在籍者は昨年とあわせて5名となりました。
では、具体的にどのような受験生増の方策をとったのか?授業を通じて音楽学の必要性やおもしろさを伝えるのは当然のことですから、情報発信を日々、活発に行うこと(研究室ブログ、Xを通じての発信)、外部からの講師の招聘、古楽、シタール、ガムランなど各種発表会の開催など音楽学が有する豊富なコンテンツをわかりやすく広めることに努めてきました。
そして5年前、音楽学教員とともに共同研究を立ち上げ、科研費を獲得し3年がかりで「音楽史のエッセンス」という音楽史映像教材シリーズをYouTubeに公開しました。映像作家と学内の演奏家やダンサーに協力を求め、計18本の教材を制作しました。その中でバロックダンスの映像は2年間で1万回の再生数にのぼり、授業で活用する他、学外の反響も大きく手応えがありました。この映像教材制作において音楽学者は脚本家とプロデューサーを兼ね、演奏家やダンサーはキャストです。30分の映像をいかにわかりやすく、コンパクトに中身の濃いものにできるかという試行錯誤を体験しました。この体験は授業や執筆にも生きていると感じています。ぜひ、「音楽史のエッセンス」をご覧になってみてください!
さて、現在の大学院生ですが、現役学部生が進学するケースと社会人が学び直しとして進学するケースの双方があります。社会人学生は演奏や指導を続ける中で自ら音楽学の必要性に気づき受験に至ったわけですから学びの動機は十分で熱意も相当なものです。現役学部生は授業を受ける中で、初めて音楽学の存在に気づき、こういう勉強がしたかったと受験してくるケースが多いようです。ということはやはり音楽学に気づいてもらう工夫がとても大切だということです。実技系の学生に「どれだけ練習を重ねても、ただ技術だけを高めてもオリジナリティは出てこない、自分の頭で考えよう」と「布教」を続けることが必要です。そのためには自分自身が音楽学に夢中である姿を見せ続けることも肝心で、私は自分自身が夢中になっている研究テーマを授業でも話していますし、自著からの抜粋をプリントして配布する「布教活動」も行っています。ごく少数であっても、「この先生、何を夢中でしゃべっているのだろう、そんなに音楽学っておもしろいのか?」と食いつく学生は必ずいると思うのです(思いたい!)。
学部がなくなり、大学院も閑古鳥が鳴いていた数年間、チェンバロなど古楽器や民族楽器の教員もしぶとく布教活動に協力してくださいました。学内に「バロック音楽研究会」が生まれ、活発に活動しているのは布教の成果ではなく偶然ですが、実技系の学生も音楽学を必要としている、その決して数字には現れない底流をしっかりと受け止めなければならないと思います。受験生数という数字で経営判断をせざるを得ない私立音大の中にいて、できることは何でもやっていこうと決心し、それについて来てくれた同僚とともに、これからも様々な仕掛けを作っていきたいと思っています。
(いぐち じゅんこ/西日本支部・大阪音楽大学教授)