(本稿は、2022年10月に日本音楽学会のX上に掲載された10回分の文章を、著者の許可を得て転載したものです)
10月3日にアメリカの作曲家スティーヴ・ライヒが86歳の誕生日を迎えます。1960年代半ばに本格的な作曲活動を始めて60年近く。今も現役で活動されています。彼は1965年作のテープ音楽《It’s Gonna Rain》以来、短い音型を反復的に用いる手法をトレードマークとしています。
活動初期のライヒは、ジョン・ケージ以後の新たな展開を模索する現代音楽の潮流の中にあって、ミニマル・ミュージックの創始者、代表的作曲家の一人とされてきました。しかしライヒの音楽は、今や「現代音楽」の領野を飛び出し、様々なジャンルのアーティストから尊敬を集めるようになっています。
筆者が思い出すのは、2008年、東京オペラシティでの「コンポージアム」。ライヒ本人が参加した3度目の来日公演でした。スタンディング・オベーションは勿論、歓声、指笛の音……。ライヒ自身も「ロック・コンサートかナイトクラブのよう」と驚いたほどの盛り上がりでした。
https://operacity.jp/concert/compo/2008/
ライヒの印象によれば、初来日公演(1991年)での日本人は控え目な感じ。2度目の来日公演(1996年)ではよりリラックスした雰囲気だったとのことでした。それらとは全く違った2008年公演の雰囲気。ライヒの音楽が変わったわけではありません。変わったのは、ライヒの音楽の聴かれ方だったはずです。
1990年代後半からのインターネットとPCの普及により、私達はそれ以前とは段違いに大量の音楽や情報に触れられるようになりました。テクノやエレクトロニカといった音楽ジャンルにも、PCの普及が深く関わっています。そしてライヒの作曲手法や書法には、テクノとの高い親和性があったと言えます。
ライヒ本人監修の下、彼の作品をテクノ系DJたちがリミックスしたアルバムが発売されたのが1999年。2000年代初めに登場した、クラシックにエレクトロニカの手法を取り入れた「ポスト・クラシカル」と呼ばれるジャンルにも、ライヒの音楽は大きな影響を与えました。
https://www.nonesuch.com/albums/reich-remixed
ライヒの功績は、クラシックの文脈で理解されてきた「現代音楽」というジャンルの聴衆の層を大きく拡大させ、現代音楽を他の音楽ジャンルに向けて開いて、地続きであることを示した点にあるのではないでしょうか。時代の流れに乗りながら、彼は「現代音楽」の閉塞感を打開したと言えると思います。
ロックバンド Radiohead のメンバー、ジョニー・グリーンウッドはポスト・クラシカルの作曲家としても知られていますが、彼はライヒの作品《Electric Counterpoint》を弾き、他方でライヒは、Radioheadの楽曲を取り入れた《Radio Rewrite》という作品を作っています。
《Radio Rewrite》に Radiohead の曲が取り入れられたといっても、それは編曲ではなく、Radiohead はあくまで素材で、やはりライヒの音楽になっています。それはかつてライヒが、自作品に活かすためにアフリカの打楽器音楽やインドネシアのガムランを学んだ姿勢と、全く変わるものではありません。
こうしてライヒは、ジャンルを超えて若い世代の音楽家たちに影響を与えながら、同時に彼らの作品から刺激を受け、時にはそれをもとに自分の作品を作り、後進の音楽家たちと並走するように活動を続けています。その姿は、素敵だなと、私は思うのです。(了)
【Happy 86th birthday, Steve Reich!】