(本稿は、2023年3月に日本音楽学会のX上に掲載された6回分の文章を、著者の許可を得て転載したものです)
バルトークがおそろしく狷介な人だったということは色々なところから推測できます。晩年、彼と交流があったアガサ・ファセットによれば、彼女が午後にパンの焼き方を教わっていて、バルトークに厳しく問い詰められた、ということが書いてあります。
「あなたたちはそんな風にパンを焼くのですか?」バルトークにとって、パンとは早朝、夜明け前に、彼の母がやっていたとおりのやり方で焼かれるべきものであり、それ以外(特に午後遅い時間に焼かれるようなものなど)はパンではない、ということになるのでしょう。
それが善意からであるとか、料理は趣味であるとか、そんなことは全然言い訳にはなりません。物事には決まったやり方というものがあり、それを踏み外すことは許されないのです。そういう冷徹な厳しさは彼の音楽にも感じられます。
でも彼は道徳的に杓子定規だった、とは言えません。民謡に出てくるあからさまに性的な歌詞について、それを近代の道徳的配慮から言いよどんだりすることをとても嫌っていました。その言葉そのものが汚れているのではない、それを口にすることを憚ってしまう、近代のモラルこそが汚れているのだ、と。
そして農民たちととても大胆なやり方で心を通わせました。まるで人間相手には口下手だけれど、野生動物には心を開いてコミュニケーションができる人のように、素朴な農民とは彼にとっては野生動物に近いものだったのではないか、と思わせるところがあります。
そういう彼の不思議な二面性は、そのまま彼の音楽の二面性にも通じています。彼の音楽は冷酷な宇宙の法則のように響くときもあれば、突然草いきれが立ち込めて野生の荒々しさが立ち上がってくるところもあります。今もバルトークの音楽が人々を惹きつけるのは、こういう両極性の故ではないでしょうか。(了)