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イベント報告|シンポジウム「ゲームオーディオ研究の過去・現在・未来」/トーク&コンサート「デジタルゲームから生まれた新しい音楽文化」(後編)

山上 揚平

 シンポジウム五番目となる発表は、一般社団法人日本ゲーム展示協会理事の尾鼻崇氏による「ゲームオーディオのアーカイブ構築に向けて」。尾鼻氏は2000年以降の欧米のゲームオーディオ研究の潮流を日本語で最初に紹介した『映画音楽からゲームオーディオへ――映像音響研究の地平』1の著者であるが、近年は専らデジタルゲーム及びデジタルゲーム・オーディオのアーカイブに理論と実践の両面から取り組んでいる。ゲームオーディオの適切で有効な保存・整理手段を精査する為には、当然、それが持つ特性の把握が必要であり、その意味では一線の研究者がアーカイブの現場に率先して関わっている日本の現状は恵まれたものであると言えるかもしれない。また逆に、ゲームオーディオを対象とした学問分野が成立する為には、何らかの形で保存/再現された音響へのアクセスが不可欠なわけで、この両者は切っても切れない関係にあるとも言える。
 発表はまずデジタルゲーム全体のアーカイブを巡る議論と実践の歴史、そして直面している課題についての概観があり、その後、それらと決して無関係ではないゲームオーディオのアーカイブが抱える問題について紹介があった。デジタルゲーム自体が本質的に様々な異版(バージョン違い、動作ハード違い等々)を持つものであるのに加え、ゲームオーディオにはそれらの版の違いとも独立した形での音源違いバージョン等が存在するということ、また最終的な音響表現の形がゲームプレイによって成立し、それは原則、インタラクティブに変化する一回性を持つものであること、などの理由により、尾鼻氏はデジタルゲームが潜在的に持つ音響の「すべて」を保存することは不可能に近いとの認識を示す。そして、それを踏まえた上で、アーカイブ構築が取り得る手段として①市販のサウンドトラックおよび楽譜の保存、②ゲームパッケージの動態保存、③デジタルデータの保存とその再現環境の確保(エミュレーション/マイグレーション)を核に、これらを補完するものとして④ゲームプレイ動画⑤オーラルヒストリー⑥ゲーム開発関連資料、等々の収集、そして、技術やコストの問題が予測されるものの⑦動的なサウンドトラックの作成という可能性が示された。氏はこれらを相互補完的に行うことを現状の最善の方策と考えるが、実態は「音楽・音響の保存」より先には中々進めていないと言うことである。(これはゲームアーカイブ自体についても言えることだが)そもそも何を保存したら「ゲームオーディオを保存した」と言えるのか、という根本について議論を深めて行くことが不可欠であるという言葉が非常に印象的であった。

 シンポジウム発表の最後を締め括ったのは岩本翔氏の「音楽を身体化するテクノロジーとしてのインタラクティブミュージック」であった。岩本氏は元スクェア・エニックスのサウンドプログラマーとして『Final Fantasy XV』およびそれ以降のシリーズに実装されている「インタラクティブミュージック」制作の為のシステム(MAGI)の開発に関わり、独立後はフリーランスとしてポケットモンスターシリーズ等のサウンド制作に関わる一方、個人ゲームクリエイターとして「ゲームと音楽の融合」を掲げた挑戦的なゲーム開発を行っている。発表の前半ではこれまでの自作ゲーム作品を具体的に挙げながら、このモットーが意味するものについて説明があった。まず、岩本氏が「音楽家」として目指すのは「完成された音楽」の提供ではなく、「音楽を完成させる体験」の提供であるという。それは、ゲームプレイ・アクションに即時的に反応する音響が「音楽」を紡いでいくことによって、プレイヤーに恰も自分が音楽を創り上げている様な感覚を与えるところに成立する。また岩本氏はそのような体験を可能とするゲームと音楽の融合の行きつく先にある現象を音楽の「身体化」と名付ける。これは氏の言葉を用いれば、プレイヤーが単に自分のゲームプレイと音楽が合ってると感じるのではなく、「私の手足の延長に、コントローラーの延長に、音楽があって、それを動かしている、という感覚」だという。元々、ビデオゲームには繰り返し即時的に発生することでプレイヤーが自らの身体の延長によって直接発していると感じられるようになる音響が存在するとされていたが、それは大抵プレイヤー・キャラクターのアクションに伴う、あるいはアクションに派生するSEであった。岩本氏は通常最も「身体化」から遠い所にあると考えられるBGM等の音楽的要素にプレイヤーとのインタラクションの契機を与えることで、これを目指すのである。
 発表後半は「「音楽の身体化」で何が課題なのか?」と題して、デジタルゲームのメカニクスの音楽性を「音楽的自由度」と「音楽的自覚度」の二軸によって分析する方法が提案された。これはアカデミアにおける先行研究2を踏まえた上で、制作者としての問題意識から、音楽性の評価軸をそれぞれよりプレイヤー主観的なものへ寄せたものだったと言える。「音楽を完成させる体験」を仕掛ける際には、どこからどこまでを制作側がコントロールし、どれだけの音楽的自由をプレイヤーに委ねるかということが、その都度大きな問題となるが、岩本氏はプレイヤーが音楽的なプレイを行っているという自覚度と、プレイヤーの音楽的自由度との間にはトレードオフの関係があるとし、それが「音楽の身体化」にとっての課題となっている、と自身の考えを述べた。

 全ての登壇者の報告の後、最後に全体討議および質疑応答のセッションが設けられた。最初に進行役の吉田氏から全体の総括と登壇者へ若干の質問があり、そこではゲームオーディオ/ゲーム音楽の持つ「御し難さ」――分類、整理、アーカイブ化、体験の言語化、等々の学問的操作に抗い逃れていく性格――が改めて確認された。しかし、このセッションで何よりも印象的だったのは、時間一杯途切れることなく発言の続いたフロアの熱気であろう。時間をかなり延長しつつも残念ながら全ての質問を捌ききることは出来なかったが、いち「ゲーム音楽」ファンからアカデミアのゲーム研究者まで様々な立場やバックグラウンドからの多様な質問、意見が飛び交う密度の高い時間であったと思う。実は、報告者は事前申込者の受付をしつつ、普段の学術イベントには見られない、業界関係者や一般社会人等のアカデミア外部からの参加者の割合の高さに、フロアからの質疑の進行については何らかの配慮が必要になるのではと少し気に掛けていた。それが蓋を開けてみれば、大きな学会でも稀に見る盛り上がりとなり、あらためてゲームオーディオに対する世の中の関心の高さと多様さを知ることとなった。


 シンポジウム終了後、夕方からは関連企画であるトーク&コンサート「デジタルゲームから生まれた新しい音楽文化」が同会場で開催された。これについても簡単に紹介・報告をしたい。シンポジウムが基本的にゲームの聴覚的側面を総体的に取り上げるものであったのに対し、関連企画はデジタルゲームが「音楽」に与えた影響にスポットが当てられた。

 全体は二部構成となり、第1部「「ゲーム音楽」ライブの原点を振り返る」は、「ゲーム音楽/ゲーム・ミュージック」というコンテンツ・カテゴリが欧米に先駆けて日本で誕生することになった大きな要因の一つと考えられる、1980年代後半~1990年代半ばのゲーム音楽バンドブームという現象に着目したものである。「ゲームの音楽をライブ演奏する」という文化の源流を探るべく、世界最初のゲーム音楽専門バンドとして知られるセガ社のS.S.T.BANDの元メンバーでコンポーザー/サウンドクリエイターの川口博史氏をゲストに迎え、山上とhally氏が聞き役となって、ゲーム会社のサウンドチームが音楽バンドとして活動を始めることになった経緯や、当時のライブの様子などを伺った。またS.S.T.BANDの前身が1987年12月に行った、恐らく最も早い「ゲーム音楽ライブ」イベントである『アフターバーナーパニック』3の空気を再現すべく、その日のプログラムから3曲が当時を彷彿させるアレンジで演奏された。演奏は川口氏(Kb)と元S.S.T.BANDのギタリストである飯島丈治氏(Gt)、そして国際的に活躍中のゲーム音楽演奏団体「東京アクティブNEETs」のメンバー(Kb, Ba., Dr.)、アレンジは「東京アクティブNEETs」を率いる紅維流星氏により、大変な盛り上がりを見せた。報告者が今回、特に興味を惹かれたのは、キーボードやエレドラに当時のゲーム実機からのサンプリング音をプリセットし、ライブ演奏にその音色を取り入れるという新しい試みである。もともと80年代当初の「ゲーム音楽の生演奏」は、ゲーム機においてはサンプリング音(当時はハードウェアの制約で如何にも「ゲーム機的な」音になってしまう)やFM合成によって担われていた楽器パートを、実際の楽器で演奏するという点に大きな意義があったと考えらえる。それが今日では一種の逆転がおき、ゲーム実機でしか出せない音をライブ演奏で再現することに価値が見出されているのである。これは「ゲーム音楽」ライブ/コンサートの新しい可能性を指し示すと共に、演奏論など学問的観点からも考察のしがいのある問題だと思われる。

 第2部「”Chiptune”――ビデオゲームから生まれ、ネットカルチャーが育てた、レトロとモダンの交錯するエレクトロニック・ミュージック」ではデジタルゲーム・ハードを楽器として用いる独自の音楽実践から生まれた新しい音楽ジャンルあるいはスタイルとしてのChiptuneが取り上げられた。これは主に8bit CPU時代のゲーム機が登載する音源チップ(あるいはその音色)を活用した音楽を広く指し示すものである。最初にChiptuneアーティストとしての顔も持つhally氏から、ジャンルの特徴や歴史についてのレクチャーがあり、その後、スタイルの対照的な二人のアーティストがお話を交えながら演奏を披露した。最初に登場したKUNIO氏は任天堂が1989年に発売した携帯ゲーム機「ゲームボーイ」をそのまま楽器として作曲・演奏を行うアーティストである。氏はゲームボーイという「楽器」に惹かれる理由を、ファミコン等のゲーム機は低域高域の丸められた比較的ソフトな音を出すのに対して、ゲームボーイからは「無茶苦茶ハードな音」が出るという音色の魅力、自由に波形をエディット出来るチャンネルが登載されている事によって広がる音楽的可能性、という二つの側面から語った。氏の「ハードな音」によるDJステージは18号館ホールの空気をクラブイベントの様なものへと一変させたが、報告者にとってももともと携帯機の小さなモノラルスピーカーから流れていた矩形波を、全身を震わす大音響で浴びる経験は、このシンプルな音源の持つ音楽的可能性についての認識をあらたにするきっかけとなった。

 続いてステージに上がったChip Tanakaこと田中宏和氏は任天堂時代にはゲーム&ウォッチ、ファミコン、ゲームボーイ等のサウンド設計に携わる一方で、ゲーム音楽家としても『レッキングクルー』、『メトロイド』、『Dr.マリオ』、『MOTHER』1, 2など数々の名作を生み出し、またアニメの世界でも「たなか ひろかず」名義で『ポケットモンスター』シリーズの主題歌で大ヒットを飛ばしている。そんな、この業界ではその名を知らぬものはない氏であるが、Chiptune アーティストとしてのChip Tanakaは、ゲーム実機を直接用いるのではなくファミコン等の8bitのサウンドを様々なジャンルの音楽と融合させて新しい表現を目指すスタイルをとる。この日の演奏も、複雑なビートが立ったクラブミュージック的なものから、よりアンビエントや非ダンス系エレクトロニカに近い雰囲気のものまで多様な要素が詰め込まれ、最後は自身がゲームボーイで手掛けた『スーパーマリオワールド』のエンディング曲を現在のChip Tanaka的チップチューンアレンジで披露し、このジャンルのメロディアスでポップな一面も見せてくれた。Chiptuneが潜在的に持つ音楽性の奥行きを感じさせるステージであったと言えよう。

 最後にはカーテンコールで第1部、第2部すべての出演者がステージに呼び戻され、ここで再びフロアからの発言を受け付けるセッションが20分ほど設けられた。シンポジウムに続いてここでも最後まで挙手は途切れることなく、S.S.T.BAND時代からのライブの常連から、当時の「ゲーム音楽」を耳にするのは初めてという若者まで、幅広い年代の来場者が思い思いに感想を述べた。


 こうして全部で6時間超に及ぶ長丁場のイベント――恐らくこのテーマの学術イベントとしては国内では最大規模のものであっただろう――は盛況のうちに締め括られた。主催側の立場としては、やはりこれだけ多くの一般の方々に関心を持ってご来場いただき、そして最後までお付き合いいただけたことは素直に嬉しく思う。特にご出演いただいた大御所のクリエイターや一線の演奏家の方々にシンポジウムの各研究発表を純粋に「面白がって」いただけたことは、研究者として大変励みになった。もちろん課題もたくさんある。ゲームオーディオ研究を概観するという題目を掲げた割には、明らかに理系・開発系の研究が手薄であり、これは国内での研究の実態を反映していないと言える。(これはひとえに企画者山上の限界である)。また逆に一つのイベントに様々なトピックを詰め込み過ぎて消化不良になってしまった一面も確かにある。これらの問題は今後、より専門的にテーマを絞ったゲームオーディオ研究の学術イベントが盛んに開催されるようになることで解消されることを期待したい。何はともあれ今回のイベントがゲームオーディオ研究という学術分野の日本での発展と認知度の向上に少しでも繋がることになれば幸いである。


  1. 尾鼻崇『映画音楽からゲームオーディオへ――映像音響研究の地平』晃洋書房、2016。 ↩︎
  2. Michel Austin, ‘Music Games’ Fritsch, M., Summers, T.(eds) The Cambridge Companion to Video Game Music, Cambridge University Press, pp.140-158, 2021.
    及び
    山上揚平「音楽ゲームは何が音楽的なのか?」日本デジタルゲーム学会 第14回年次大会 予稿集 pp.45-50、2024。 ↩︎
  3. 正確には『アフターバーナーパニック』は(株)セガが主催したファン感謝イベントの名称であり、サウンドスタッフによるライブはそのプログラムの一部であった。 ↩︎