非常勤講師を務める大学の備品選定のため、渋谷にあるイケベ楽器(通称:イケシブ)に向かって歩いていた。ちょうどお店の入り口についたところで、「『武器と楽器』 本当につよいのは、どっちだ?」という言葉に足が止まった。これは漫画家の本田亮氏の壁画作品を知らせるチラシであった。イケベ楽器のウェブサイトによると、2022年2月にロシアによるウクライナ領土内への軍事攻撃をきっかけとして、2022年9月にアート作品を店舗壁面に掲示したものに関連したチラシであることが分かった。[i][ii]

街の広告やアートは、しばしば時代の倫理を最短距離で要約する。だが、ここで重要なのはスローガンの是非ではなく、その文法が私たちに何を“選択肢”として残し、何を“選択肢から外す”のかだと感じた。このスローガンにある「武器と楽器」という文字を見てすぐに思い起こすのは、音楽家喜納昌吉の「すべての武器を楽器に」という言葉だ。この言葉は武器を“選択肢”として扱わない。武器は保持される対象ではなく、無力化され、別の価値へ転換されるべきものとして定位される。ここには規範の方向性があり、言葉そのものが実践を要請する強度をもつ。一方の本田の作品に見る「武器か楽器か」は本コラムのアイキャッチ画像に用いたチラシに記されているように、二つの選択肢を並べて“選ばせる”問いだ。だからこそ、武器もまた「選びうるもの」として言語空間に残る。問いは思考の入口にはなるが、行為(武装解除・軍縮・廃棄)へ直結しにくい。音楽が暴力に抗する、という主題を掲げるとき、前者は「社会に向けた指令(倫理的スローガン)」、後者は「気づきを促す問い」として働く。音楽をめぐる言葉は、響きの美しさだけでなく、武器をどう扱うかという世界観を、文法のレベルで編成してしまう。つまり、音楽は“何を鳴らすか”と同時に、“何を選択肢から消すか”という選択においても政治性を帯びるだろう。
この小さな立ち止まりから、音楽と戦争の関係を、作品や思想ではなく「言葉が制度へ接続される回路」として捉え直してみた。
「音楽のよいところは、当たっても痛くないことだ」――ボブ・マーリーのこの言葉(“One good thing about music, when it hits you, you feel no pain.”)[iii]が示すように、音楽が暴力と異なる回路で人に届くという直観を端的に言い表している。 しかし音楽学の視点からは、この直観をそのまま安心へ結びつけることが難しい局面がある。第二次世界大戦下のワルシャワを舞台にした映画『戦場のピアニスト』では、ユダヤ人ピアニストがナチス将校に救われる――音楽が暴力の回路とは別の仕方で生をつなぐ瞬間が描かれる。こうした作品にも見られるように戦時体制下では、音楽は「傷つけない営み」である以前に、制度の一部として組織され、動員される。東京藝術大学の大学史史料室が関わる戦時音楽学生Webアーカイブズ「声聴館」は、その事実を資料として可視化する装置である[iv]。
坂本龍一の語りや実践も、この「言葉の設計」という観点から読むと輪郭がはっきりする。彼が用いた「非戦」という語は、単なる反対表明というより、対立の増幅(“反”が作り出す敵味方の固定)から距離を取り、戦わないことを社会的技法として言語化しようとする試みとして位置づけられる。「ZERO LANDMINE[v]」や「NO NUKES, MORE TREES[vi]」に見られるように、スローガンをプロジェクトに接続し寄付・広報・国際的回路へと編成することで、言葉を制度と運動へ実装していくことは、音楽家こそが実行できることを証明した事例として位置づけられるだろう。この点で坂本の仕事は、「作曲家の発言」に留まらない、公共圏の設計にも及ぶと考えられる。
SNSなどでしばしば見られる言説として「音楽に政治を持ち込むな」という主張する投稿に共通する、限定的な意味での「純粋性」は、強権的な政治家の財産として機能し得るのではないだろうか。
ここに楽器業界の事例を重ねると、問題はさらに具体化する。企業や流通が掲げる平和メッセージは、しばしば人道支援やチャリティという形式を取る。そこで問われるのは、善意の真偽ではなく、音楽の倫理がどの回路で流通し、どのような表象として固定化されるかである。楽器は商品であり、同時に教育・文化資本・共同体感覚の媒体でもある。だからこそ業界の言葉は、消費の文脈に回収される危うさと、公共性を広く実装できる可能性の両方を併せ持つ。
こうした議論を「声聴館」と並置すると、結論は単純な賛否ではなくなる。戦時の記録が突きつけるのは、音楽が“平和そのもの”であるという安心ではない。東京藝術大学が、日本における芸術に関する大学の中心組織であることは、常識の範囲だろう。しかし、ここで私が引っかかるのは「公開されること」そのものではなく、その公開がつくる倫理の配分である。声聴館は、戦時下に東京音楽学校で学んだ学生の痕跡を掘り起こし、譜面等を音として再生・公開する試みとして編成されている。だが、同じ史料群が突きつけるはずの問い――なぜ学生は召集され、なぜ戦没したのか。教育機関という組織は、その動員体制といかなる関係を取り結んだのか――は、公開サイトの前景には現れにくい。
「戦時下の芸術専門教育―東京音楽学校の事例を中心に」の成果では、学徒出陣期に何人が召集されたかが長く不明確だった点を含め、在学生49名の召集と11名の戦没が研究として確定されたことが報告されている[vii]。にもかかわらず、公開の入口で強調されるのは、学生が遺した作品を「作品」として受け取る回路であり、組織側の歴史的関与や責任の問いは後景化してしまう。ここで生じるのは、制度の問題が制度の言葉で語られず、音楽家や学生が「作品」を通じてその穴埋めを引き受けさせられるという反転である。これは、音楽が制度と結びつくとき、国家の論理にも、教育組織の論理にも接続され得るという冷徹な可塑性の一例である。だからこそ必要なのは、平和を願う言葉だけではなく、武器を選択肢から外し、同時に――責任を後景へ退けない形で――音楽を公共性へ接続する言葉の文法である。 日本国憲法、特に憲法9条を含む安全保障条項の改正をめぐる議論が、政党公約や報道において継続的に可視化されている[viii][ix]。こうした時勢において音楽や文化の研究を継続することに対して、「これが本当に今やるべきことなのか」という問いが常に私の中にある。音楽学は、作品や様式の分析にとどまらず、言葉・制度・産業・記憶装置が織りなす回路を点検し、音楽が何に“なってしまう”のか、そして何に“なり得る”のかを批判的に設計できる学問でもあると感じている。こうした可能性を信じ、私は音楽研究を通じて、より良い社会構築に貢献しうる活動を継続したい。
[i] 株式会社池部楽器店、2022、「9月21日は国際平和デー。楽器店に現れた「現代のゲルニカ」。ユーモアで伝える平和への願い、環境マンガ家・本田亮さんのオリジナル作品がイケシブアートウォールに登場!」、PR TIMES、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000047.000057761.html、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
[ii] 2022、「イケシブアートウォール|本田亮「武器と楽器」」、IKEBE SHIBUYA、https://www.ikeshibu.com/event/20220921-ryo-honda/、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
(3)ボブ・マーリーの楽曲 「Trenchtown Rock」 の歌詞の一部。
[iii] ボブ・マーリーの楽曲。「Trenchtown Rock」 の歌詞の一部。
[iv] 東京藝術大学大学史史料室、「戦時音楽学生Webアーカイブズ「声聴館」開館に当たって」、戦時音楽学生Webアーカイブズ 声聴館、https://archives.geidai.ac.jp/seichokan/about/、(最終閲覧日:2026年2月16日)
[v] 坂本龍一、「ZERO LANDMINE」、関連サイト(siteSakamoto)、https://www.sitesakamoto.com/update/zerolandmine-j.html、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
[vi] more trees、「森林保全団体more treeとは」、https://www.more-trees.org/、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
[vii] 科学研究費助成事業 研究成果報告書(課題番号16K03039)「戦時下の芸術専門教育―東京音楽学校の事例を中心に」KAKEN(科学研究費助成事業データベース)、https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-16K03039/16K03039seika.pdf、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
[viii] 自由民主党「日本国憲法改正草案(または憲法改正に関する提案ページ)」自由民主党公式サイト、https://www.jimin.jp/kenpou/proposal/、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
[ix] 遠藤修平、2026年2月4日、「『実現すれば歴史に名』高市首相悲願の憲法改正、焦点は“3分の2”」、『毎日新聞』、https://mainichi.jp/articles/20260204/k00/00m/010/172000c、(最終閲覧日:2026年2月16日)。
画像出典:
アイキャッチ画像出典:筆者撮影(イケベ楽器店 渋谷店〔イケシブ〕店舗入り口、2026年2月14日)
本文画像出典: 筆者撮影(イケベ楽器店 渋谷店〔イケシブ〕店舗壁面、2026年2月14日)
(かとう いさお/東日本支部)