日本音楽学会では2026年4月1日より、「学生会員」として高校生の入会を歓迎することになりました。音楽学のカリキュラムを開設する高等学校も増えています。そこで、音楽学に関心を寄せる高校生、とりわけ大都市から離れたところに住む皆さんに向けて、音楽学の始め方をひとつ、ご提案します。
進学先をえらぶとき、音楽に関わることを何か学びたいと思ったなら、ご近所の教育学部について調べてみて下さい。現在、47都道府県すべてに国立の大学があり、その多くは教育学部や教員養成コースを開設しています(地域によっては単科の教育大学もありますが、以下、教育学部に含めます)。教育学部は本来、小・中学校の先生を養成するところなのですが、うまく利用すれば音楽学を始めることができます。以下では、私の本務先である弘前大学教育学部をモデルにご紹介します。
教育学部で音楽学を学ぶとき、カリキュラム、資料、研究仲間に特徴があります。それらはいっけん「問題」のように見えますが、少しの工夫で解決ができます。
教育学部は学校教員の国家資格を取得するためにカリキュラムが作られています(弘前大学のように、免許を取らなければ卒業できないところもあります)。中・高の先生になるためには、「音楽史」が必修ですが、ほかにソルフェージュや声楽1、器楽、作曲、指揮などいくつか必修科目があります。音楽以外には、教育実習や教育学、教職に関連する科目が必修の大半を占めます。小学校教員の養成コースではさらに、英数国理社音美体家、すべて教科の教育法も入ってきます。つまり教育学部は4年間で免許取得に必要な科目を取るために時間割が組まれ、多くの場合、音楽学中心のプログラムにはなっていません。したがって、自分でカリキュラムを作り、必修以外に多くの授業をとる必要があります。しかし難しいことではありません。教育学部には各教科はじめ幅広い分野の専門家が集まっていますし、総合大学であれば他学部に目を配ると、たくさんの授業が開設されています。教養科目や語学など基礎的な授業を自分の関心領域に集中させたり、音楽以外のコースや他学部の基礎科目を履修したり、いろいろな方法が考えられます。制度の上で単位を取得できない授業でも、先生に聴講を申し込んでみましょう。
大学でどんな「音楽」について研究したいか、もしはっきり決まっているなら、できるだけその領域の専門家がいるところを選びましょう。大学のウェブサイトの「教員紹介」や「研究者総覧」に研究テーマが示されています。とはいえ、選択可能な大学にかならず音楽学担当の教員がいるとは限らず、いても1名で、専門が自分の関心と異なる場合があります。しかし諦めることはありません。教員は他の研究者と幅広いネットワークを持っていて、多方面にアンテナを張っています。やりたいことが明確であれば、情報収集を手伝うことができます。(ただし、大学院へ進む場合には対策が必要です。現在、多くの教育学部・教育大学は、教職大学院に接続しています。そこでは音楽学の修士号は取得できないので、大学院で研究を続けたい場合は新たに進路を考えなければなりません。早めに教員に相談しましょう。)
さて、大都市から離れた場所で音楽を研究する際に直面する困難が、文献や楽譜などの資料の量です。音楽大学の図書館のように基礎的な資料を体系的に揃えているところは稀で、すぐ手に取って閲覧できない歯がゆさはあります。が、図書館間の相互協力サービスが強い味方です。コピーや現物の貸借によって少額で迅速に資料を届けてくれます。またインターネット上のデジタルアーカイブの充実はめざましく、特に19世紀までの西洋音楽の楽譜資料は今や現実の図書館よりも豊富です。すでに名前をよく知られた作曲家の作品研究などは、音楽図書館が近所になくてもほとんど不自由なく行うことができると思います。
最後に、研究仲間、あるいは学生同士の交流の問題があります。規模の小さなところほど、同じ分野の仲間を見つけるのが難しくなります。弘前大学教育学部音楽教育講座は現在1学年3名前後で、私がここに勤めるようになって以降、音楽学を志す学生が同じ学年に2名以上いたことはありませんでした。また本学で音楽学を研究するのであれば、人文社会科学研究科に進むことになりますが、そこでは広く芸術学、民俗学、文学、また経済学や政治学などを専攻する大学院生が合わせて1学年15名ほどです。研究について深く語り合い、苦労を分かち合う仲間がそばにいるとは限りません。それだけに、指導教員との関係は大切です。学生数が少ない分、手厚い指導を受けられる可能性があります。また、近年はオンラインミーティングが普及し、学会の研究会や、同じ分野の勉強会などに遠隔地から参加できるようになりました。学会側も、若い研究者や学生が参加しやすいようにサービスの充実をはかっています。(日本音楽学会では、各支部の研究会は無料で参加できますし、学生会員の会費割引や、支部によっては研究会参加の補助金制度もあります。)大学を飛び越えて、全国や全世界に研究仲間を見つける手段が整いつつあります。
以上は、私が初めての修士を送り出した経験に基づきます。やりたいことが明確であれば、教育学部は音楽学の入口として有効に活用できます。たしかにやや分かりにくい入口かも知れませんが、決して狭い間口ではありません。そして内部には、広い世界へと繋がる道がたくさん用意されているのです。
あさやま なつこ/東日本支部・弘前大学教育学部准教授