音楽学にはどのような可能性があるのだろう。2017年、私は沖縄県立芸術大学への転職を機に、沖縄に生活の拠点を移した。私に起こった大きな変化は、自分自身の生活の延長線上で音楽学を行う意味について考えるようになったことだ。今、環境音楽学(ecomusicology)という新たな研究領域に挑戦しているのも、私自身の生活環境や意識の変化が関係していると思う。
環境音楽学とは、提唱者の一人アーロン・S・アレンによれば「音楽、文化、自然をそれらの用語がもつあらゆる複雑性において研究する学問」であり、「生態学や自然環境に関する音楽的・音響的問題をテクストとパフォーマンスの両面から考察する」(Allen 2013)。それは、シェリル・グロトフェルティらが提唱した文学研究におけるエコクリティシズムをはじめ、地球規模の環境危機に対する人文学全体の問題意識の高まりと連動している。いかに環境への想像力を高めることができるのかという倫理的な課題と向き合う学術実践は、研究を通じた様々な社会的関与(social engagement)を志向する。
私は現在、大学の同僚の人類学者、呉屋淳子と一緒に、「琉球弧の湧水をめぐるソングスケープ」という研究プロジェクトに取り組んでいる。琉球石灰岩の隆起による低島に属し、自然の湧水を中心に村落社会が形成されてきた宮古島、伊江島、与論島を対象に、歌を介した人間と環境の文化的相互作用を解明しようとしている。最終的には、歌をはじめとする表現文化に関する学術的な知見が、人間社会と自然環境の関係をめぐる市民的価値の創出にどう貢献しうるのかを探究したい。
2023年には、本格的な研究に入る前のプレリサーチとして、宮古島における湧水を歌った歌謡について調査した。そこから浮かび上がってきたのは、宮古島の人々がかつて歌という表現を通して、共同体の歴史や生活実践、そこでの人間のふるまいや感情を湧水の存在と結びつけ、「〈意味あるもの〉としての水」(蔵治・福永 2023)を人々の意識に基礎づけると同時に、そうした文化空間を地域社会に現出させていたということだ。こうした「島の湧水を歌う」というミュージッキングは、「自然/文化」の二分法を超えた島嶼社会の表現文化の重層性を浮かび上がらせる。環境音楽学のパイオニアの一人であるジェフ・トッド・ティトンは、それが立つべき視点を関係的認識論relational epistemologyに置くことを提唱する(Titon 2020, 233-235)。音やそれを素材とする音楽が私たち人間にとって社会的な関係性の技法であることを考えれば、このように音/音楽が介する関係性という視点から、人間と自然環境の文化的相互作用を捉えることは理にかなっているだろう。
こうした関係的認識論の枠組みを「詩学poeticsから実践practiceへ」(Allen 2016)と移し替え、今度は与論島に舞台を移して構想されたのが、2024年に実施した音楽づくりワークショップ「与論島の湧水をめぐるソングスケープ」である。「島の湧水を歌う」というミュージッキングを、今度は自分たち自身でやってみようという試みだ。ここでは、音/音楽を介した人間と環境の文化的相互作用の探究が、過去の事例を通してではなく、未来に向けた企図として実践された。
この企画は与論島での様々な出会いを通して実現したものでもある。私たちの研究に興味を持ってくださった鹿児島県立与論高等学校の音楽科教諭で吹奏楽部顧問である堀之内拓郎先生の「ぜひやってみましょう!」という心強い一言が、大きな後押しとなった。与論島の湧水については、与論郷土研究会会長の麓才良さんに島中をご案内いただきながら、地理的な情報だけでなく、湧水をめぐる人々の生活文化や歴史について多くのことを教えていただいた。麓さんから教わったことを、今度は私たちが吹奏楽部のメンバーである生徒たちに伝え、生徒たち自身も与論島の湧水をめぐるフィールドワークを行った。
音楽づくりでは作曲家の春畑セロリさんにファシリテーションをお願いし、即興演奏をベースに島の風景や湧水を音で表現した。トライ&エラーを繰り返しながら、様々な音楽的なアイデアを試す。こういう音が欲しい、こういう情景を表現してみたいと語り合い、実際に楽器を持って音で試してみることで、ふだんの生活の中でははっきりとは意識されない、水とともにあった島の暮らしの諸相が、断片的にではあるが、音を通して浮かび上がってきた。ワークショップでは、こうした音と言葉の交換を通じて、単に湧水の様子を音で描写するだけでなく、島の水循環と人々の生活の有機的な連関を豊かにイメージさせるストーリーが構成された。このワークショップは、生徒たちが「音楽する(ミュージッキング)」ことを通じて、それぞれの感性で島の暮らしにかつてあったかもしれない「〈意味あるもの〉としての水」を想像する創造的探究の試みとなった(向井 2025)。
この音楽づくりワークショップの可能性がさらに感じられたのは、創作した楽曲を彼ら自身が演奏するというプロセスを通じてのことだ。演奏は、2024年11月に与論島での「小中高音楽発表会」で、2025年4月には沖縄県立芸術大学に吹奏楽部のメンバーを招聘して開催した研究報告会で行われた。春畑さんの構成・編曲による楽譜をもとに、自分たちの創作した音楽と出会い直す。この音は、このフレーズは、この和音はどのように表現したらいいだろう。より完成度の高い演奏を目指し、彼らは練習やリハーサルのなかで、自分たちが音に重ねた水のイメージや音に込めた意味合いをより深く理解しようとしていた。
人文地球環境学の寺田匡宏は、彼が滋賀と沖縄で行った人と食と環境をめぐるプロジェクトに関する論考の中で、「知識はどこで生まれるのか」と問うている。寺田は現地でのインスタレーションや上映会、ワークショップを積極的に行った自らの試みを、「知識生産の場を現地に置こうとした試み」とし、次のように述べる。
知識は先進的な「どこか」から来るのではない。出会いが起こっている場所では、必ず、新しい何かが生まれている。[……]その協働が行われている時、その場所は、その試みにおいては、最先端であり、中心である。(寺田 2021, 16)
知識生産の場としてのアカデミアの中心性を相対化し、その場をそれぞれのフィールド=地域に置くということ。私たちが「琉球弧の湧水をめぐるソングスケープ」を通して構想したものも、こうした知識生産の脱中心化と言えるかもしれない。
私はこのプロジェクトを通じて、地域において人々と協働し、音楽学的な実践を行う上で何が重要かを確認することができた。地域における関係者との協働的なパートナーシップを重視しながら、個々の地域=フィールドの中で実践すること。また、多様なアクターとの学び合いを重視し、多様な知識や技能、経験を融合していくこと(=知を共創していくこと)。フィールドワークが「互酬性の原理の土台」(インゴルド 2020, 17)の上で実践されるなら、実践で得られた知を地域に返すことも必要不可欠だ。何よりも、「知ることや実践することの方法として、最良の状況におけるフィールドワークとは、人々の間の友情というモデルにもとづく」(Titon 1992, 321)ことを、私は幸いにも学ぶことができた。こうした経験を大学の教育に還元し、また、より多くの人たちと分かち合えたらと願っている。
※本稿は既出の論考「島とともに歌うこと――探究の技法としてのミュージッキング」(向井 2025)を今回の寄稿の趣旨に沿って再構成したものである。
【参考文献】
Allen, Aaron S. 2013. “Ecomusicology.” Grove Music Online https://doi.org/10.1093/gmo/9781561592630.article.A2240765(2025年1月16日閲覧)
Allen, Aaron S. 2016. “Ecomusicology from Poetic to Practical.” In Handbook of Ecocriticism and Cultural Ecology, edited by Hubert Zapf, pp. 644-663. Berlin: De Gruyter.
Titon, Jeff Todd. 1992. “Music, the Public Interest, and the Practice of Ethnomusicology.”In Ethnomusicology, vol. 36, no. 3, pp. 315-322.
Titon, Jeff Todd. 2020. “The Nature of Ecomusicology.” In Toward a Sound Ecology: New and Selected Essays, pp. 223-235. Bloomington: Indiana University Press.
インゴルド、ティム 2020 『人類学とは何か』 奥野克己、宮崎幸子訳 東京:亜紀書房。
蔵治光一郎、福永真弓 2023 「討議 意味ある〈水〉を取り戻すために――水の科学と作法のゆくえ」、『現代思想』第51巻14号(11月号) 9-22頁。
寺田匡宏 2021 「記憶を可視化し、可能性を顕在化する――『100才ごはん』と『3才ごはん』をめぐる映像とインスタレーション」 近藤康久、ハイン・マレー編『環境問題を〈見える化〉する――映像・対話・協創』 3-18頁 京都:昭和堂。
向井大策 2025 「島とともに歌うこと――探究の技法としてのミュージッキング」 呉屋淳子、向井大策編『表現と知を編み直す02――土地とともに歌うこと』 82-91頁 京都:総合地球環境学研究所LINKAGEプロジェクト。
(むかい だいさく/東日本支部)