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カーニバルのように学会を楽しむ――国際演劇学会(IFTR)2025年大会参加報告

岡本 佳子

 2025年6月9日から13日にかけて、ドイツのケルン大学で開催された国際演劇学会(International Federation for Theatre Research, IFTR)2025年大会に参加した。筆者の参加は2011年大阪大会と2024年マニラ大会に続いて3回目である。大阪大会ははじめての国際学会発表の場として大変楽しかった思い出があり、その後予算の都合やら博論執筆やらコロナ禍に子育てやらでとんとご無沙汰していたのだが、ふと思い立って昨年からまた参加し始めた。日本からの参加者としては、他学会の話で恐縮だが西洋比較演劇研究会(日本演劇学会の分科会)のメンバーが多いように見受けられる。今年はテーマが “Performing Carnival: Ekstasis, Subversion, Metamorphosis” 、世界各地からの研究者の1000を超えるペーパーが発表され、同学会でも最大規模だったようだ。私はお祭り好きなので、テーマもあいまって1週間の「非日常」を楽しんだ。

 そのような学会の話をなぜ話題にするかというと、この大会には研究発表や研究パネル、基調講演等のほかにも多数のワーキンググループ(以下WG)のセッションがあり、なかでもオペラやミュージカルその他を対象とした音楽劇(Music Theatre)WGがあるためだ。もちろん他にも音楽に関連した多くの発表があり、そのような意味では、狭義でストレートプレイのみを指しかねない日本語の「演劇」という訳語は若干ミスリーディングかもしれない。この音楽劇WGは、開催年にもよるようだが事前にフルペーパー(3000ワード以下)をWG参加者と共有して読んでおくことが求められる。今大会では当日に発表者が5分程度で概要・背景説明を行い、あとは議論に全振りするという形で実施された。なお大会プログラムはまだ公開されているので興味のある方はご覧いただきたい。

 今回私は迷ったあげく、ハンガリーの作曲家バルトークの日本での受容の一環として、バルトークの日本での舞台作品翻案を取り上げた発表を行った。寺山修司には1970年代に『青ひげ公の城』、『中国の不思議な役人』という音楽劇作品があり、時代が下ってコンテンポラリーダンスカンパニーの Noism Company Niigata は『箱入り娘』(《木彫りの王子》の翻案)を2015年に上演している。寺山についてはどちらも初演時に「バルトークの」魔術音楽劇として初演されたことは特筆すべきことである。しかしその割には、音楽は天井桟敷のメンバーである J. A. シーザーが手がけており、バルトークとの繋がりが非常に見出しにくい作品だ。

 筆者としては、こうした広く音楽作品の翻案とみなされる作品での音楽の使われ方(もしくはその不在)を例にしつつ、翻案における音楽の役割についてこの機会に少し考えてみようというつもりでいたのだが、WGのメンバーや聴衆にとってはバルトークを謳っているのに彼の音楽がない、という寺山作品の衝撃が強かったようだ。一体ぜんたいバルトークというアイコンが当時の日本の東京の西武劇場(現・PARCO劇場)で何の象徴的意味を持ち合わせたのかという部分に質疑が集中したように思う。よく考えてみれば当たり前なのだが、自分はあまりこの視点を考えていなかった。作者像が一人歩きするような現象は実は他の国でも見られることで、シェイクスピアもそのような部分があるという指摘があったが、有名度が桁違いであるのでなかなか比較しづらいかもしれない。西武劇場は武満徹の「今日の音楽(MUSIC TODAY)」で知られるなど多彩な興行をしていたようなので、わけあって副次的に(というと語弊があるのだが)始めた研究ではあったが、頑張ってもう少し調査を続けようと思う。

 本大会には発表や講演以外にも多くのセッションがあり、私にとっては他にデジタルヒューマニティーズ関連のパネルセッションやWGへの参加(ここでもオペラに関する発表があった)が有意義だった。いくつかのパフォーマンス(かもめマシーンの Breath <Message Dial ver.> も上演されていた)のほか、ERC(European Research Council)やErasmus+に関する情報交換セッション、ヘンネシェン劇場での人形劇の鑑賞、ケルン大学の演劇研究博物館の見学などその他多くのプログラムが用意されていたので、若干体調不良を起こしたのを除けば大変楽しく滞在することができた。

 なお今回の滞在では学会主催者が紹介するホテルに泊まったところ、毎日の朝食会場が大会参加者であふれかえっており、あたかも別会場のように多くの参加者と交流することができた。特に、その中で毎朝きっかり7時に顔を合わせた1人とよく話した。偶然にも彼女は日本にも滞在経験があり、さらに私の所属する神戸大学には彼女の勤務先の大学から多くの交換留学生が学んでいた。ぜひ引き続き交流しましょうという話をしたところまではまあよくある話だが、これも縁なので社交辞令にしないで秋に訪問するつもりでいる。

 次回2026年の大会は、オーストラリアはメルボルンでの開催だ。テーマは “What Theatre Does” とのこと。発表もペーパーをひたすら読む形式ではなく、プレゼンテーションが基本になっている。雰囲気も明るく陽気さもあり、日本音楽学会も含めて日本の学会大会とも異なるところも多い。少しでも舞台や演劇、パフォーマンスに関連する研究をされている方には一見の価値があるように思う。幸い日本からの渡航者にとっては、時差もないことなので。(おかもと よしこ)